はじめに

  このページでは、ハンガリー・ルーマニアで用いられる独特の音色と特徴を持った"モルドヴァカヴァル"という縦笛についての紹介をしていきます。
このページをきっかけにモルドヴァカヴァルについて知っていただければ嬉しく思います。

・目次
1.モルドヴァカヴァルとは?
2.モルドヴァカヴァルの特徴について
3.レパートリー
4.入手について
5.演奏動画紹介など、その他

1.モルドヴァカヴァルとは?

  モルドヴァカヴァルはハンガリー・ルーマニアで使われる長めの縦笛です。ちなみにモルドヴァはルーマニア東部周辺の地域名で、ハンガリー系のチャーンゴー人も住んでいます。ネット上でみると単に"kaval"、"caval"と呼ばれたり"moldvai kaval"、"moldavian kaval"、"caval romanesc"等の呼び方があるようです。

カヴァルというと民族楽器がお好きな方は斜め笛であるブルガリア等のカヴァルが思いつくかもしれません。それらのカヴァルとの一番の違いはリコーダーと同じく「吹けば鳴る式吹き口」がついていることです。

なにはともあれ、演奏動画をご覧ください。倍音豊かで、かすれた音色も出すこともできます。詳しいモルドヴァカヴァルの特徴については次の項で紹介していきたいと思います。

Moldavian kaval solo - Flutemaker Winne Clement

*斜め笛については以下をご参考ください
・ブルガリア等の斜め笛のカヴァルのHPです
「all about KAVAL!」
http://www.allaboutkaval.com

・世界各地の斜め笛について沢山紹介されています
「話は尽きない - 世界の斜め笛について」
http://blog.yoheijimbo.com/entry/2018/01/24/230809

2.モルドヴァカヴァルの特徴について

・大まかな特徴
  長い縦笛(50~70cm後半)で指穴は5穴です。 エッジ部が奏者側に向いている「吹けば鳴る式吹口」がついており、音色は倍音豊かな音色からかすれた音・ひずんだ音が出せます。音域は1オクターブちょっとで音階は独特です。それでは、各部分の特徴をみていきましょう。


・吹口
  リコーダーと同じ「吹けば鳴る式吹き口」がモルドヴァカヴァルについている、と書きましたがその形状はリコーダーとは異なります。以下の写真を見るとわかるようにくわえるところは円筒状をしています。さらにはエッジ部(吹き込んだ息が当たって音が鳴る部分)は奏者側を向いています。 この「エッジ部が奏者側を向いている」という特徴は東欧の笛によく見られる特徴なのですが、この特徴を活かしてあるテクニックがよく使われます。

  それは、笛をくわえた時に下唇でエッジ部上の穴を少し覆うというテクニックです。 そうすることでざらざらした、かすれた音を出すことができます。ハンガリー辺りではさらに「う~」と言ううなり声を出しながらそのテクニックを使うことで、まるでエレキギターのようなひずんだ音を出すことがよく行われます。うなり声も低い音程の声のままではカヴァルの高音部は出ないため、カヴァルで高い音を出したいときはそれに合わせ高いうなり声を出す必要があります。


・指穴と音階
  モルドヴァカヴァルの指穴数は民族笛でよく見られる6穴ではなく、5穴で全て前面にあります。一番上の指穴はもっぱら装飾音をつけるのに用いられるため、よく使うのは下から四番目までの指穴です。指穴配置は以下の写真のように独特なため、管が長い(A管76cm、D管57cm)にもかかわらず指穴はわりと押さえやすいです。Winne Clement(後で紹介します)などの製作家は裏側に左手親指穴一つと前面にもう一つ右手指穴を追加した7穴モデルも作っています。(ちょうどトルコ等のネイと同じ指穴配置となります)。7穴モデルはわかりませんが、5穴のカヴァルではクロスフィンガリングはほぼ使えないと思います。

  音階は独特で、ドリアンスケールで4番目の音をシャープさせたものとなります。例えばA管はA B C D# E F# G A、D管はD E F G# A B C Dです。チューニングは平均律と異なるようです。初めて聴いたときはどこかアラビアっぽいと思いましたが、不思議な印象を受ける音階です。

  音域は後述するファンダメンタル音域を考えなければ1オクターブと2音ほどです(A管だとA B C D# E F# G A B C)が、約1オクターブの中でも3段階ほどの息の強さを使い分ける必要があります。ティンホイッスル等と同様に上の音域になるにつれ息を強めれば大丈夫です。音域については、作りの甘いカヴァル(特にチューナブルタイプ)は高音のB・Cがうまく出ず音域が1オクターブちょうどのものがあります。 ファンダメンタル音域(基音域)はカヴァルで通常使う音域の下の音域で弱く吹けば出ます。カヴァルの個体によっては音量が小さくてあまり使える音ではありません。製作家に作ってもらったカヴァルや、安いものでもノンチューナブルタイプではわりとしっかり鳴りました。

  音階と運指表は以下の通りです。運指は個体によって若干異なる場合があります。ファンダメンタル音域と第1音域は同じ運指です。ファンダメンタル音域ではA管のE音は下2つの指穴も押さえたほうが音程が良い気がします。また、A管のF、D管のA#は笛保持のため下2つの指穴を抑えてもいいかと思います。

3.レパートリー

・ハンガリー
  モルドヴァカヴァルのためのハンガリーでの楽曲は10曲程度楽譜で存在します。以下をご参照ください。D管用ですが、移調すればA管でも吹けます。(楽譜ではファに#がついていますが正しくはソに#です。この楽譜は演奏のバリエーションを一まとめに盛り込んでいるようです。この楽譜通りにすべてメロディを吹いていかないといけないわけではなく、気に入ったバリエーションを抜き出して演奏動画等も参考に組み合わせるといいと思います。)
http://kaval.html.xdomain.jp/images/kaval_d.pdf

YouTubeを見ているとルーマニアでの楽曲も同数程度ある印象を受けます。 詳しくは"Youtubeモルドヴァカヴァル演奏紹介"のページをご参照ください。 ハンガリーの曲や演奏は激しく速めのが多く音をかすれさせるテクニックをよく使い、ルーマニアのはゆっくりしたものが多めであまり音をかすれさせないという印象を受けました。


・クレズマー
  ユダヤ人の民族音楽、クレズマー曲の中には音階的に吹けるものがあります。 下記のクレズマーのHPでソにのみ#がついている、もしくは移調した時音階がソにのみ#がつくものはだいたい吹けます。(♭2つでファに#がついているもの、♭3つでシにナチュラルが付いているものはC調に移調するとソにのみ#の音階になるようです。他に臨時記号が付いているのはなかなか吹くのが難しいと思います。)
http://www.freesheetmusic.net/klezmer.html
調べてみた結果、次の曲は吹けそうです。
"Araber tanz, Adir Hu, Ayli lyuli, Der yid in yerusholayim, Hava nagila, Nye zuritse chloptsi, Oj tate, Shalom aleichem, Shpil zhe mir a lidele in yidish"

また、以下のクレズマー曲もカヴァルによく合います。
http://www.kenb.ca/tunes/tantz-tantz-yidelekh.pdf
http://www.kenb.ca/session-tunes.shtml (上記の曲が置いてあるHP)


・スウェーデン音楽
  スウェーデンの伝統曲全般については調べていないですが、スウェーデンのバグパイプである"セックピーパ"の曲の中にはカヴァルで吹けるものがありました。ソにのみ#がついている曲が吹ける曲です。
以下の「バグパイプ工房 そのだ」さんのページにてセックピーパの教則本・曲集が公開されいます。
http://bagpipesonoda.art.coocan.jp/J-Tutor.html

スウェーデンのバグパイプ奏者、"Olle Gallmo"さんのHPにもセックピーパの曲がありました。
http://olle.gallmo.se/sackpipa/beginnertunes.php?lang=en


・日本の曲
  "さくらさくら"などマイナー調の日本の古い曲はわりと吹くことができたりします。鹿児島おはら節の最初の部分なども雰囲気に合います。自分は主に旧制高校の寮歌など明治時代の曲を好んで吹いています。例えば"嗚呼玉杯に花受けて""逍遥の歌""うるわしき天然"等です。
"嗚呼玉杯に花受けて"
http://www5f.biglobe.ne.jp/~takechan/M37P38gyokuhai.html
"うるわしき天然"
https://mahoroba.logical-arts.jp/score/download.php?id=20

4.入手について

  モルドヴァカヴァルを販売しているネットショップ、製作家をいくつかを紹介します。
どのキーの管を買えばいいか最初悩みますが、長いA管が倍音豊かでモルドヴァカヴァルらしさが一番ありおすすめです。A.FOLKで販売しているノンチューナブルのエルダー材のものが安く手に入れやすいと思います。


・A.FOLK
  ハンガリーのおそらくいちばん有名な民族楽器ショップで、eBay、Etsyにも出品しています。ノンチューナブルでエルダー材の安いものは音色が良く音域も広いタイプで、初めはこれを買えば大丈夫かと思います。チューナブルタイプはファンダメンタルの音の弱いもの、音域の狭いものもありました。
http://www.afolk.hu/bolt/index.php/en/
https://www.ebay.com/sch/hollaja/m.html
https://www.etsy.com/listing/552117614/kavalcaval-in-a-b-cd-and-e-moldavian
http://hungarianfolkmusic.com/spl/381693/Five-hole-flute-moldavian-caval-Kaval


・Winne Clement
  「1.モルドヴァカヴァルとは?」で紹介した動画で演奏されている方です。おそらくモルドヴァカヴァル製作家の中で一番有名でクオリティも高いのではないかと思います。音を実際に聴いたことをありますが、空気がビリビリと振動しているような(振動するのは当たり前ですが)別次元のすごい音でした。ただし価格もけっこうして納期もわりとかかるようです。ユニークなところはブルガリアのカヴァルみたいに下部に「捨て穴(押さえない穴)」をつけたモデルがある点です。指穴を2つ追加したネイ型7穴カヴァルも製作されています。
http://www.fujaraflutes.com/moldavian-kaval-flutes/


・Max Brumberg
  こちらもクオリティの高いカヴァルを作っている製作家で、自分はノンチューナブルタイプを持っています。高音も出やすくファンダメンタルもはっきり出ます。自分の場合、納期は1ヶ月ですぐに作ってもらえました。価格はやはりそれなりにします。Winneと同じくネイ型7穴カヴァルも製作されています。
http://www.maxbrumbergflutes.eu/en/floeten/kaval/


・Szucs Gergely
  ハンガリーの製作家で、購入したことはないのですがとても装飾の美しい様々なハンガリーの笛を製作されています。
http://pasztormuves.hu/ja/catalog/furulyak

5.演奏動画紹介など、その他

・モルドヴァカヴァルの演奏家・演奏グループ
  モルドヴァカヴァルメインの演奏家やグループは中々いないのですが、Muzsikas、Tazlo、Csurrento、Hodorog Andrasなどがモルドヴァカヴァルを取り上げています。日本だと笛演奏家のきしもとタローさんがモルドヴァカヴァルを演奏されています。

今まで聴いた中で一番良かったアルバムはHodorog Andrasの"Sereny Magyaros"です。モルドヴァカヴァルが4曲ほど取り上げられていますが、どれも素晴らしい演奏です。他に収録されているフルヤ(6穴縦笛)の曲も良く、ハンガリーの笛音楽を知るにはうってつけです。
https://www.dalok.hu/lemez/id/1857 (Sereny Magyarosの試聴ページ)


・YouTubeモルドヴァカヴァル演奏紹介
  こちらよりYoutubeにあるモルドヴァカヴァルの演奏を紹介するコーナーに飛ぶことができます。


・斜め笛タイプのカヴァル
  モルドヴァカヴァルとブルガリアのカヴァルの一番の違いは吹口がついているかいないか、と書きましたが斜め笛タイプのモルドヴァカヴァルもルーマニアには存在するようです。"Caval fara dop"という名称ですが、入手できるところは見つかりませんでした。


・関連する楽器
  カヴァルよりもさらに長い(80cm~100cm)3穴もしくは5穴の"Hosszufurulya (Hosszifurugla)"という縦笛があります。さらに強烈な倍音の音で、音階はモルドヴァカヴァルと異なり以下のページのように普通のメジャーの音階のようです。 あまり売っているところは見つかりませんでしたが、上述のSzucs Gergelyさんが製作されています。
https://www.youtube.com/watch?v=EDwnbMsux7U (Hosszufurulyaの演奏)
http://sipmuhely.lapunk.hu/?modul=oldal&tartalom=1179302 (Hosszufurulyaの音階が少し載っています)